◆ はじめに
四肢に障害を持つ頸髄損傷者が日常生活の中で、どのような問題を抱えて暮らしているのか、その実態や実数は未だに明らかでない。頸髄損傷者の日常生活の実態については1991年に全国頸髄損傷者連絡会(以下本会)によりはじめて調査を行い、調査結果は『頸損解体新書』として頸髄損傷者の問題と課題を明らかにした報告書にまとめられた。報告書は、頸髄損傷者が同じ障害を抱え生活をしている多くの仲間たちの困難や工夫などが共有でき、また本会の活動の方向性を探る上で貴重なデータとなった。それ以外にも福祉機器等をはじめ、各方面の研究者並びに開発者等へも広く頸髄損傷者の実態を伝えることができたものと思われる。
調査から18年が経過した現在、社会状況の変化に伴い、制度、医療など、また、頸髄損傷者の意識や生活実態も大きく変わった。その背景には、頸髄損傷者をはじめ、多くの支援者、協力者による社会参加への取り組み、当事者の生活向上に向けた活動がある。最近では、医療技術と機械工学技術の進歩により人工呼吸器を使用する頸髄損傷者も在宅生活ができるまでになってきた。しかし、一方で情報がどこからも入らず、誰に相談すればよいのか分からず悩み苦しむ日々からの解放を求める人たちもいる。
そこで、今回の調査では、①すべての頸髄損傷者が、すべての地域で、安心して暮らすことを阻害する要因を明らかにすること。②重度(高位)頸髄損傷者が抱えている問題をより鮮明に浮き彫りにさせること。
③頸損当事者によるセルプヘルプの重要性について確認すること、以上3つの事柄に重点を置いた。
本章では実施した調査方法について述べる。
◆ 調査の目的と概要
(1) 調査の目的
本調査の目的は、現在の頸髄損傷者の自立生活と社会参加の実情、及びその障壁を明らかにし、自立生活と社会参加を促進する上での必要な社会的支援のあり方を提案することにある。またこれを通じて、頸髄損傷者を対象とした福祉機器開発者、医療・福祉関係者の業務に資する基礎的資料の提出と、頸髄損傷者への情報提供を行う。
(2) 調査概要
調査は、調査票を対象者に郵送し記入後返送してもらう郵送調査法と、自筆記入が困難な対象者を考慮し、全国頸髄損傷者連絡会のホームページ上に調査票を公開して電子メールで回答してもらうインターネット調査法により行った。調査期間は2008年11月28日から2009年1月10日である。
(3) 調査票の作成
本調査を実施するにあたり、全国頸髄損傷者連絡会の内部に頸髄損傷当事者とリハビリテーション工学研究者、福祉機器開発者、看護師などの専門家からなる「頸髄損傷者の自立生活と社会参加に関する実態調査」実行委員会を組織して会議を開催、本調査実施のあり方についての議論を行った。また、実行委員会内部に事務局を設置し、会議を開催して事業実務について議論を行った。さらに、実行委員会の傘下に調査票作成WGと調査報告作成WGを設置し、調査票の作成、調査結果の整理、及び分析、報告書の作成業務を行った。
(4)調査票
設問は、1991年に実施した調査をベースに、79問(前回55問)とした。設問項目は、個人属性、身体状況・健康状態について、障害発生時の状況について、経済状況について、住居環境について、福祉機器について、介助について、外出・移動、就労を含む。今回の調査では、特に下記の視点で調査項目の追加をした。
①高位頸髄損傷者の生活実態
人工呼吸器を使用して在宅生活ができるようになってきた現状を踏まえ、呼吸管理等高位頸損に関する項目を追加した。
②重度障害者の自立(律)生活の実態
介助制度を中心とした福祉施策の変化、国連における「障害者の権利条約」と障害者をめぐる社会動向、セルフヘルプ活動の展開を踏まえ、自立(律)生活に関する項目を追加した。また、健康診断や人間ドッグの受診、相談相手や性に関する意識についての項目を追加した。
③福祉機器について
各種機器の高性能化や電動車いす利用者の増加、利用機器の多様化、パソコンやインターネットの普及を踏まえ、福祉機器や通信機器に関する項目を追加した。
④地域比較
機器に関わる給付制度において、その給付判断が市区町村に委ねられるようになり、都市部と郊外の生活に格差が生じている。また、都市部に比べて当事者同士のネットワークが作りにくい地域も存在している。それらを踏まえ、居住地域を都道府県および市区町村まで記入することとし、地域比較のためのデータとした。
(5) 調査票の配布と回答数
調査票は、全国の脊髄及び頸髄損傷者団体(全国頸髄損傷者連絡会、(社)全国脊髄損傷者連合会、日本せきずい基金、(社)全国脊髄損傷者連合会16支部、北海道頸髄損傷者連絡会関係者、高知頸髄損傷者連絡会)、NPO、病院、専門施設に所属、在所している頸髄損傷者を対象として3,790通発送した。
回答者数は736名で、調査票による回答が666名、電子メールによる回答が70名であった。尚、回答数の向上を目指し、頸髄損傷者以外にも送付している。
◆ 回答者の属性
回答者の属性を割合でみると、年齢別では20代以下(6.4%)、30代(16.3%)、40代(22.6%)、50代(25.5%)、60代(20.8%)、70代以上(7.5%)、性別では男性(80.7%)、女性(19.0%)となっており、30代から60代の男性からの回答が多かった。居住地域別では、北海道(7.7%)、東北地方(6.4%)、関東地方(36.8%)、中部地方(14.0%)、近畿地方(16.7%)、中国・四国地方(8.8%)、九州・沖縄地方(7.2%)となっており、東京、名古屋、大阪などの大都市がある地域からの回答が多かった。損傷レベル別では、C1からC3(10.6%)、C4(17.3%)、C5(25.0%)、C6(18.5%)、C7、C8(7.6%)となっており、C4からC6の回答が多かったが、無回答・無効回答が21.1%あり、損傷レベルを把握していない回答者が多かった。麻痺別では、完全麻痺(51.8%)、不完全麻痺(39.8%)となっており、完全麻痺者が回答者の半数を占めていたが、「わからない」と「無回答・無効回答」合わせて約10%あったことから、損傷レベルほどではないが麻痺の状態を把握していない回答者が多かった。
◆ 結果のまとめ方
本調査の単純集計の結果は、「平成20年度頸髄損傷者の自立生活と社会参加に関する実態調査-中間報告書-」(テクノエイド協会)にまとめられている。本書では、このデータを基に、近年の頸髄損傷者を取り巻く重要な問題として、地域間格差、重度頸髄損傷者、高齢化と女性、セルフケア、生活・住環境、外出、就労の問題を設定し、これらの観点から分析を行い、その結果について記すこととした。それぞれの結果を以下の章に示す。
(麸澤 孝)